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ぶらんにうのこと

日常はほんとにどうしようもない

上手に感情移入ができますか?

「クロちゃんが天使になっちゃったよ」

それは先ほどのこと、弟が可愛がっていたクロ(猫)が死んでしまったとのこと。クロは元々野良猫だったんだけど、ここ数年弟が家の中に招き入れて餌をあげたり一緒に寝たり、半分飼い猫のように可愛がっていた老い猫だ。そのクロをうちの親が、ここ数週間くらい病院に連れて行ったりして、老い猫ということもありどこか悪いんだろうとは思っていたし、それでも治るような内容で、また元気になるのだろうと勝手に思っていたのだけど、ここ数時間の間で亡くなってしまったみたいだ。それこそうちで飼っているギンさま(猫)以上に愛情を注いでいたであろう弟は、半分泣きながら僕に訃報を教えてくれたのだ。僕はクロが眠っているベッドに向かい、撫でるように頭をさすり、お別れの言葉のようなものを掛けてあげた。そして、弟に励ましの言葉を掛けたのだ。その後、僕はシャワーを浴びに風呂場に…

…ここでちょっと待って。みなさんは上手に感情移入、できますか?

かんじょういにゅう【感情移入】
①他人の言葉や表情をもとに,その感情や態度を追体験すること。共感。
②〘哲・心〙 〔英 empathy; ドイツ Einfühlung〕 リップスの美学などで,自然や芸術作品などの対象に自分の感情を投射し一体化すること。
-コトバンクより引用-
https://kotobank.jp/word/感情移入-48902
僕の中での身近な感情移入というものは、ドラマや映画を見て涙したりするのがそれなのではないかと思っているんだけど、それが今回の事とどういう関係があるのかというと、先ほどのクロの死に対して、僕は深い悲しみがあったわけではなく、結局どういう気持ちであればよかったのだろうかという話。そこまで深い関係があったわけではないクロに対して、そこまで悲しい感情も生まれないし、少し悲しい演技をして弟や、それこそクロに綺麗な言葉を繕って掛けたあげたことが果たして正しい事なのだろうか。

去年の秋、僕の祖母が亡くなった時には、それまで抑えていた堤防が一気に崩壊するかのように泣いたものだけど、それは自分が感じた感情だからなのだろう、他人が悲しんでいる時には、その人の気持ちを汲み取って、いい感じの言葉を掛けてあげるくらいしかできない。先日友達のお父さんのお葬式に伺った時もそうだ。そのお父さんとも面識があったが、友達もお父さんもここ10数年会っていないという事もあり、お葬式では悲しい気持ちがほんの少しはあったけど、自分の祖母の時のようにすごい悲しい、というわけではなく、淡々とこなしてきた、という感じだった。失礼な話だけどね。

思えば昔からそうなのかもしれない。他人の気持ちを考えずに失礼な事を言ったり、言葉じりを取ったような言い回し、自分が怒られているのにあまり悪びれず俯瞰的な態度をとったりするのは、感情移入…と言える範囲のものなのだろうか、そういうのも引っくるめて、僕が特出してなのかは分からないけど、感情移入することが人一倍苦手…な気がする。

この所為で人生損している事だらけなのでは…そしてこれからも損し続けるのかなと思うと先が思いやられるし、これを今更治せというのはなかなか難しいんじゃないかな。何か良い考えがあろうか…